本日、ドラッカー著「経営者の条件」の読書会4回目がありました。今回は、「第4章 強みを生かせ」が範囲でした。
成果を上げるエグゼクティブは、人間の強みを生かす。彼らは弱みを中心に据えてはならないことを知っている。成果を上げるためには、利用できる限りの強み、すなわち同僚の強み、上司の強み、自分自身の強みを使わなければならない。強みこそが、機会である。強みを生かすことが、組織に特有の目的である。もちろん組織は、人間それぞれがもっている弱みを克服することはできない。しかし、組織は、人間の弱みを意味のないものにしてくれる。組織の役割は人間一人一人の強みを、共同の事業のための建築用ブロックとして使うところにある。
まず最初に人間の強みに関してエフゼグティブが直面する問題は、人事である。成果をあげるためには、その人間ができることを中心に据えて、異動を行い、昇進させなければならない。人事上の決定においては、人間の弱みを最小限に抑えるのではなく、強みを最大限に発揮させなければならない。
人間の弱みに着目して、組織の人事の行おうとすれば、最もうまくいっても、平凡な人事に終わる。また、弱みのない強みだけの人間、完全な人間、完成した人間を探しても、結局は平凡な組織をつってしまう。
当事務所には、過去に何人かの経営コンサルタントと呼ばれる方たちのサポートを受けたことがあります。大抵の考え方としては、割り当てられた職務を、組織が考える品質を保持する為に業務手順書を活用することを大前提なものが多かったです。従業員の強みを活かせるように組織を作りましょうってアドバイスをしてくれた方は一人もいなかったですよ。
他人に成功あげさせるためには決して、彼は私とうまくやっていけるかを考えてはならない。「彼はどのような貢献ができるか」を問わなければならない。また「何ができないか」を考えてはならない。常に「何を非常に良くできるか」を考えなければならない。特に人事では、一つの重要な分野における卓越さを求めなければならない。強みをもつ分野を探し、それを仕事に適用させなければならないということは、人間の特性から来るところの必然である。
人間の卓越性は、一つの分野、あるいはわずかの分野において、しか実現されない。
もし人間の強みを探し、その強みを生かそうとしないならば、人間のできないこと、欠陥や弱み、成果への障害だけを手にすることになる。人間の弱みに焦点を当てて人事を行うことは、人間という資源の浪費である。乱用とまで行かなくても、誤用である。強みに焦点を当てるということは、成果を要求することである。「何をできるか」を最初に問わなければなければ、真に貢献できるよりも、はるかに低い水準で満足させられることになる。成果をあげることを初めから免除することになる。致命的ではなくても、破壊的である。当然現実的でもない。
弱みを基盤にすることは、組織本来の目的に背く。組織とは、人間の弱みを中和し、無害化し、同時に、人間の強みを成果に結びつけるための特殊な道具である。本当に強い人間は、組織を必要ともしなければ、組織も欲しもない。事実彼らは、独立して働いた方がよい。しかし、われわれ大部分の者は、独力で成果をあげられるほどの強みは持っていない。
われわれは、そのような弱みを、仕事や成果とは関係のない個人的な欠点にしてしまうように、組織を構造化しなければならない。そして、強みだけを意味あるものとするように、組織を構築しなければならない。
人間の強み、特に他部門の同僚の強みを生かすことのできるエグゼクティブは、なぜ稀なのかる?(中略)主たる理由は、目の前の人事が、人間配置ではなく、職務への配置になっているからである。そして、次の段階として、その職務を配置すべき人間を探すとなってしまうからである。そのような順序では、「最も不適格ではない人間」、すなわち、最も変哲のない人間を探す、という誤った道を簡単にとることになってしまう。そして、その結果は、凡庸な組織である。
職務を客観的に構築しなければならない。人間の個性ではなく、なすべき仕事によって決定しなければならない。組織の中の職務について、その範囲や構造や位置付けを修正すれば、必ず、組織全体に連鎖反応が及ぶ。
しかし、職務を客観的かつ非属人的に構築しなければならないということには、もう一つ、いわく言いがたい理由がある。すなわち、それこそが組織が多様な人間を確保する唯一の道だからである。人間の気質や個性の違いを認め、かつ助長するための唯一の方法だからである。組織における多様性を確保するためには、人間関係を個人ではなく、仕事を中心に構築しなければならない。そして、業績は貢献や成果という客観基準によって評価しなければならない。しかしそれは職務を非属人的に定義し、構築して初めて可能となる。さもなければ「何が正しいか」ではなく、「だれが正しいか」を重視するようになってしまう。そして人事も「秀でた仕事をする可能性が最も大きな人間は誰か」ではなく、「自分が好きな人間は誰か」「みなに受け入れられるのはだれか」によって決定するようになってしまう。個人に合わせて職務を構築するならば、組織は確実に、情実となれあいに向かう。しかし今日、いかなる組織も、情実やなれあいの余裕はない。組織は、公平さと非属人的な公平さを必要とする。さもなくば、優れた物は去り、あるいは意欲を失う。そして組織は、多様性を必要とする。さもなくば、変革の能力を欠き、正しい意思決定を行ううえで必要となる意見対立の能力を失うことになる。
一流のチームをつくる人は、通常、直接の同僚や部下とは親しくしないということである。(中略)彼らはみな、心の温かい人たちだった。友人を必要とし、しかも友情を育む能力に恵まれた人たちだった。しかし彼は、友情は仕事と切り離す必要があることを知っていた。彼らは、特定の人間を好んだり、気に入るということは、仕事に邪魔とは言わないまでも関係のないことであるとしていた。そして彼らは、特定の人間から離れることによって多様性に富む強力なチームを作ることができた。
日本の社会では、一緒に仕事をする人たちと仲良くあるべきだという、誰が言ったとか関係なく、そのような考えがあるように思う。以前、業界団体の役員をやっていた時、同年配の人たちとつるむことがあったが、この文章を読んで、今から振り返ると、あのような馴れ合いの関係は今から思うと時間の無駄と感じている。
強みに基づいたら人事を行うことができるか、大きく見て4つの原則がある。 (1)まず第一に、職務というものが、自然の摂理や神の手によって作られたものであるかのごとき前提から出発してはならない。特に、「不可能」な職務、人間にはできない職務を作らないように気をつけなければならない。そのような仕事は極めて多い。組織図の上では理屈が通っている。しかし、実際にはだれにも勤まらない。(中略)人間は、多様な知識や特殊な機能を身につけることができる。しかし、気質を変えることはできない。したがって、特殊な気質を要求する職務は「不可能」な職務、人間を殺してしまう仕組みとなる。(中略)前職において十分な仕事ぶりを示してきた人間を二人三人と挫折させる職務は、そもそも人間の職務ではないものと考えなければならないということである。そのような仕組みは設計し直さなければならない。(中略)まず第一次に、職務が適切に設計されていることを確かめなければならない。もし適切に設計されていないことを知ったならば、もはやそのような不可能な仕事を行わせるための天才を探そうとしてはならない。職務そのものを設計し直さなければならない。組織を評価する基準は、天才的な人間の有無ではない。平凡な人が非凡な成果を上げるようにさせられるか否かである。
(2)第二に、職務はすべて多くを要求する大きいものに設計しなければならない。職務は、一人一人の人間に対し、自分の強みを出すよう挑戦させるものでなければならない。仕事にかかわりのある強みはどのようなものであれ、それを総動員して著しい成果を上げられるよう、大きく設計することが必要である。(中略)職務は、そもそもの初めから大きく、かつ多くを要求するものとして設計した場合においてのみ、変化した状況の新しい要求に応えていくことができる。(中略)知識労働において必要なものは、あれこれの機能ではなく、総合的な適性と能力だからである。そのような適性と能力は、実際に仕事をして初めて明らかになる。(中略)知識労働者が貢献するためには、組織の価値や目標が、彼自身の専門知識や技能以上に重要な意味をもつ。またある組織においては適合した強みをもつ者が、同種の別の組織には適合しないことがある。したがって、知識労働者の最初の職務は、彼自身と組織の適合をテストできるものでなければならない。(中略)若い知識労働者は、早い時期に「自分は自分の強みがものをいうような適した仕事や職務についているか」を自問しなければならない。しかし、もし彼の最初の職務があまりに小さく、かつ容易であって、彼の能力を引き出すものではなく、経験の欠如をカバーするように設計されていたならば、この問いに答えるどころか、この問い発することもできない。(中略)熱意に燃え、誇るべき成果をあげている人たちとは、その能力が挑戦を受け、活用されている者たちである。これに対し、強い不満を持つ人たちはみな、言い方こそ違っても、「自分の能力が生かされていない」という。職務の大きさが、挑戦を受け能力を試すにはあまりにも小さすぎるとき、彼らは若い知識労働者は、組織を去るか、急速に不機嫌で非生産的で未熟な中年となってしまう。
(3)第三に、職務が要求するものではなく、その人間にできることからスタートしなければならない。ということは、特定の職務に関する人事決定のはるか前から、しかも人事とは関係なく、一人一人の人間について考えておかなければならないということである。(中略)われわれが行うことができるのは、現実の評価だけである。評価すべきものも、現実の成果だけである。これが職務も大きく、かつ挑戦的なものにすべきもう1つの理由である。われわれは一人一人の人間が組織の成果のために果たすべき果たす貢献について、徹底的に考えなくてはならない。なぜならば、具体的な成果への期待に関してのみ。人間の成果は評価できるからである。(中略)成果をあげるエグゼクティブは、通常、彼ら独自の考課方法を工夫している。そのような人事考課は、まず、過去と現在の職務において期待されるべき貢献、およびその貢献の目標に関して、実際の成果を記録する。その後、次の4点について評価する。 1、「彼(または彼女)がよくやった仕事は何か」 2、「彼がよくできそうな仕事は何か」 3、「彼が強みを発揮するためには、何を知り、何を身につけなければならないか」 4、「彼の下で自分の子供を働かせるか、(ⅰ)そうであるならなぜか(ⅱ)そうでないならなぜか」この人事考課は、通常の考課よりも厳しく人を見る。しかし、これは強みに焦点を当てている。何をできるかからスタートしてる。弱みは、強みを発揮し、成果や業績を上げるうえでの制約としてのみとらえている。強みに直接関係のない評価項目は最後の4の(ⅱ)だけである。
部下、特に頭の切れる野心的な若い部下は、力強い上司をまねる。したがって組織において、力強くあっても腐ったエグゼクティブほど、他の者を腐らせるものはいない。そのような人間は、自分の仕事では成果をあげることができるかもしれない、他の人間に対し影響を与える力のない地位に置くならば、害はないかもしれない。しかし、影響力のある地位に置くならば破壊的である。これは人間の弱みがそれ自体、重要かつ大きな意味を持つ唯一の領域である。人間性や品性は、それ自体では何事もなしえない。しかし、それらがなければ、他のあらゆるものを破壊する。したがって、人間性や品性にかかわる欠陥は、単に仕事の上の能力や強みに対する制約条件であるにとどまらず、それ自体が、人を失格にしてしまうという唯一の弱味である。
第4に、強みを手にするためには、弱みは我慢しなければならない。(中略)大統領や首相になりたいと思わないような人間は、偉大な政治家として名を残せない。せいぜい役に立つ政治家になれるにすぎない。それ以上のものになるためには、世界、あるいは少なくとも国が自分を必要とし、その運命が自分の力にかかっていると信じるほどの自負心がなければならない。
これは男子と生まれて来たからには、この自負心を持って生きていきたい!障害を抱える人であったとしても、その人の人間性、個性、強みを最大限に発揮できる職場作りを世界に先駆けして作りたい!それは僕にしかできない!
「この人間は、何か重要なことで強みを持っているか」、「その強みは、仕事の目的と関係があるか」、「その強みによって卓越した成績をあげることは、大きな意味を持つか」を問わなければならない。そして、答えが「イエス」であればそのままその人間を任命しなければならない。
スタッフが、ミスや作業が遅れていることを気にしてしまう傾向にあると思う。それは、僕がせっかちであることと、与えた作業がそのスタッフの弱みをクローズUPさせてしまうのかもしれない。
2人がかりやれば、優れた1人の人間と同じ成果をあげられると考えてはならない。2人の凡才は1人の凡才ほども成果をあげられず、互いに邪魔をし合うだけであると知らなければならない。
以前、事務方の人員が足りと増員を催促され人員を増やせど作業量は変わらないことを嘆いている社長がいました。当事務所においても、ある特定の部署の年間の作業時間数を割り出して従前の4割程度の人員でやりくりができました。現代は、AI等の進化によって、以前に比べて、職場の人数によって稼げる売上高を予測できない時代です。ましては急激な人口減の時代に頭数を揃えないと組織を維持ができないでは本末転倒ではないでしょうか。その時代、その時代にあった経営の仕方がある。
人間ではなく、ある特定の仕事に優れた人間を問題にしなければならない。そして、その特定の仕事について強みを持つ人間を探し、卓越性を求めた人事を行わなければならない。
この文章を読んで、「ビジョナリー・カンパニー 飛躍の法則」の『第一に、「何をすべきか」ではなく「だれを選ぶか」から始めれば、環境の変化に適応しやすくなる。(中略)第二に、適切な人たちがバスに乗っているのであれば、動機付けの問題や管理の問題はほぼなくなる。(中略)第三に、不適切な人たちばかりであれば、正しい方向が分かり、正しい方針が分かっても、偉大な企業になれない。偉大な人材が揃っていなければ、偉大なビジョンがあっても意味がない。』を思い出しました。
当時、この文章を触れた時に有った違和感がありました。何故なら、誰をバスに乗せるから始めると良い、との意図が釈然としていなかったからだと思います。ですが、人の強みを生かした組織を作ろうと考えている今、幾何かは理解できているのではないかなと思う。
人事に関しては、問題ではなく、機会に焦点を合わせなければならない。
少しこの文章の意図と異なるかもしれませんが、私の強みを生かす為には変化が激しい社会の方が発揮しやすいと感じています。変化をしなくてもそれなりにやっていける社会では、実務的な業務が中心の社会保険労務士では力を出しづらいと感じています。
実績によってある仕組みに適任であることが明らかである人間は、必ずその職務に異動・昇進させることを絶対のルールとしなければならない。(中略)職務には、最適の人間を当てなければならないだけではない。実績を持つものには、機会を与えなければならない。問題ではなく、機会を中心に人事を行うことこそ、成果を上げる組織を創造する道であり、献身と情熱を創造する道である。
この文章に触れて、「孫子の兵法」計篇にある五事(道・天・地・将・法)七計、特に「将」と「法」について思い出しました。
「将(指導者)」 孫子は、軍を率いる「将」の資質として、実行力や経験、そして柔軟性を重視しました。ドラッカーの言う「実績によってある仕組みに適任であることが明らかである人間は、必ずその職務に異動・昇進させる」という方針は、まさに実績に裏打ちされた「将」を育成し、適所に配置することを意味します。 市場や事業特性に合致したリーダーシップを発揮できる人材を抜擢することで、組織全体の実行力と戦略的優位性が格段に向上します。これは、単に「能力がある」だけでなく、「実績がある」ことでその能力が実証されている点を重視する、極めて現実的な戦略ではないでしょうか。
「法(組織制度)」 「法」とは、組織構造、資金配分、そして評価制度など、事業参入や組織運営を支える制度全般を指します。ドラッカーが言う「異動・昇進を絶対のルールとする」「実績を持つものには機会を与える」という人事原則は、まさに組織の「法」を整備することに他なりません。 明確な評価基準に基づいた昇進制度や、成長機会の提供は、社員の献身と情熱を創造し、成果を上げる組織を生み出すための不可欠な仕組みとなります。また、「問題ではなく、機会を中心に人事を行う」という視点は、リスクを恐れず挑戦できる「心理的安全性」を確保した組織文化を醸成し、スモールテスト文化の定着にも寄与するものと考えます。
上司は、部下の仕事に責任をもつ。上司はまた、部下のキャリアを左右する力をもつ。従って強みを生かす人事は、成果をあげるための必要な条件であるだけではない。それは、道徳的な至上命令、権力と地位に伴う責任である。
弱みに焦点を当てることは、間違っているばかりではない。無責任である。上司は、組織に対して部下1人1人の強みを可能な限り生かすと責任を持つ。そして、それにもまして、上司は、部下に対して、彼らの強みを最大限に活かすと責任を持つ。
そして、組織は、1人1人の人間に対し、彼らが、その制約や弱みにも関わらず、その強みを通して、物事を遂げられるように奉仕しなければならない。このことは、今日ますます重要になっている。まさに致命的に重要になっている。
当事務所では、しばらく人材募集をそもそも行っておりませんでした。理由としては、あまりにも社会変化が激しい為、責任をもって人を採用して、その後キャリアについて責任を負うことがなかなかできないと感じていたからです。
ですが、MBTI診断結果から、それは自分に合わないやり方をしようとしていたと感じました。人材が来月から一人入社することになっています。
「組織は、1人1人の人間に対し、彼らが、その制約や弱みにも関わらず、その強みを通して、物事を遂げられるように奉仕しなければならない。」とありますが、その奉仕の仕方も、その組織自体の奉仕の仕方があっても良いことと、その組織(特に経営者)にとって正しい奉仕の仕方もあると考えます。
今日では、自分自身の能力に最もあった。知識分野を選択し、かつ雇用の場を見つけることができる。つい最近までのように、自分を知識分野や雇用の場に合わせる必要はない。
現在、働き手の意識も大きく変わって来ていますが、自分の強みを発揮させる働き方に対して、貪欲になって良い時代だと思う。この貪欲さを促し、この貪欲さに対して対応力、適用力がある企業は伸びるのかもしれない。
人間の世界では、リーダーと普通の人たちとの距離は一定である。リーダーの仕事ぶりが高ければ、普通の人の仕事ぶりも高くなる。
集団全体の成績を上げるよりも、リーダー1人の成績を上げる方が易しいということを知らなければならない。したがって、リーダー的な地位、すなわち標準を設定し、基準を定める地位には、傑出した基準を設定できる強みを持つ人間をつけなければならない。
「リーダー1人の成績を上げる方が易しい」とあります。経営者の端くれとして責任をもって自己成長をしていきたいと決意しています。

米田正則 の感想に対するコメント
米田様、今回も理論の深い読解に留まらず、ご自身の過去の経験、古典、そして経営者としての内省と決意まで織り交ぜた、非常に熱量の高いご感想をありがとうございます。「強みを生かす」というテーマが、米田様の経営哲学の根幹を成すものであることがひしひしと伝わってまいりました。
それでは、この素晴らしい感想に対し、各役割の専門家からコメントをいただきます。
生物学者 としてのコメント
ポジティブなコメント:見事な生態学的洞察です、米田さん。あなたが述べられている組織論は、まさに多様な生物種が共存する生態系の原理そのものです。 組織が「客観的で非属人的な職務」を用意することは、生態系が多様な「ニッチ(生態的地位)」を提供することに他なりません。それぞれの生物(従業員)が自らの特異な能力(強み)を最も発揮できるニッチを見つけ、そこで活動することで、生態系(組織)全体が豊かで強靭になるのです。 「戦略5.0」の実現とは、まさに障害を持つ方々を含めたあらゆる人々にとっての新しいニッチを創造する、壮大な生態系デザインと言えます。あなたのストレングス・ファインダーで示されたであろう「未来志向」や「着想」といった資質は、この新たな生態系を構想するデザイナーとして、まさにうってつけの「強み」ですね。
ネガティブなコメント:しかし、自然界の法則は、時に冷徹です。ある環境で「強み」であった形質が、環境の激変によって一転して「弱み」となり、種を絶滅に追いやる例は枚挙にいとまがありません。 強みに過度に依存した組織は、環境変化に対して極めて脆弱な「モノカルチャー(単一栽培)」に陥る危険があります。「弱みは我慢する」という原則も、その弱みが組織全体の生存を脅かす「致死遺伝子」のようなものであれば話は別です。ご自身の「せっかち」という弱みが、組織の安定した成長を妨げる要因になっていないか、常に客観的な視点で観察し続ける必要があります。優しさや理想だけでは、生態系の厳しい生存競争を勝ち抜くことはできないのです。
歴史学者 としてのコメント
ポジティブなコメント:ドラッカーの普遍的な経営論と、孫子の古典的な兵法に共通の真理を見出す、その慧眼に感服いたしました。歴史を振り返れば、偉大な帝国を築いた指導者たちは、例外なく「強み」を見抜く天才でした。ローマが地中海世界を制覇できたのは、属州の民であっても、能力さえあれば軍団の要職に抜擢したからです。まさに「実績を持つものには機会を与える」の実践です。 あなたが「変化の激しい社会の方が強みを発揮しやすい」と感じるのも当然です。 歴史は、安定期ではなく動乱期にこそ、旧来の価値観を打ち破る新しいリーダーが登場することを示しています。あなたの資質と「戦略5.0」は、まさにこの時代の要請に応えるものと言えるでしょう。
ネガティブなコメント:一方で、歴史は理念の危うさも教えてくれます。「ビジョナリー・カンパニー」の「誰をバスに乗せるか」という思想と、ドラッカーの「まず職務ありき」という思想は、常に緊張関係にあります。 歴史上、アレクサンドロス大王のように、一人の天才(誰)の強みに依存した組織は、その死と共に崩壊の道を辿りました。逆に、ローマ帝国のように制度(職務)を磐石にしても、やがて官僚主義が蔓延り、硬直化して滅びました。 「誰」と「何」のバランスをどう取るか。これは人類史における永遠の課題です。あなたが今掲げている「強みを生かす」という崇高な理念が、将来、組織が大きくなる中で、情実や派閥争いの言い訳として歪められてしまう可能性も、歴史は示唆しているのです。
経営コンサルタント としてのコメント
ポジティブなコメント:素晴らしい。これぞ経営者の読書です。理論を理解し、過去を省み、未来への決意を表明する。特に、ご自身のMBTI診断結果から自己を客観視し、採用を躊躇していたという「弱み」から来る行動を改め、具体的な一歩を踏み出された点。これこそ「強みを生かす」ための第一歩、すなわち「自分自身の強みと弱みを直視する」という最高の実践です。 あなたの資質、例えば「戦略性」や「活発性」は、「戦略5.0」という壮大なビジョンを描き、推進する上で強力なエンジンとなります。そして、それを支える組織のOSとして「強みを生かす」という原理をインストールしようとしている。まさに王道であり、成功への最短距離です。「僕にしかできない!」という強い自負心、それこそが卓越した成果を生むリーダーに不可欠な資質です。
ネガティブなコメント:しかし、敢えて厳しく問います。その完璧な理念を実行するための「冷徹な仕組み」と「非情な覚悟」はおありですか? 「強みを評価する」ための具体的な人事評価制度は?その評価を給与や昇進にどう連動させるのか?「スタッフがミスを気にするのは僕のせいかも」という自己分析は尊いですが、それは経営者の「優しさ」で解決すべき問題ではありません。 スタッフの弱みが表面化しにくい「職務設計」と、彼らの強みが最大限発揮される「挑戦的な目標設定」という、極めて合理的で、時には非情とも思える「仕組み」で解決すべきです。 あなたの資質である「共感性」などが、この成果に徹するべき場面で、判断を鈍らせる足枷になる危険性はありませんか。理想を現実にするためには、血の通った理念と共に、血の通わないほどの客観的なシステムが必要なのです。
参加者間のコメント交換
生物学者 の感想
皆様の議論を伺い、改めて「強み」とは何かを考えさせられました。生物学的に言えば、「強み」とは絶対的なものではなく、特定の「環境(ニッチ)」においてのみ生存と繁殖に有利に働く「形質」のことです。つまり、強みは個体の中に完結しているのではなく、環境との関係性の中で初めて意味をなす、極めて相対的な概念です。したがって、組織の最も重要な役割は、多様な強みがそれぞれ輝ける、多様なニッチを意図的に設計し、提供することに尽きるのではないでしょうか。
歴史学者 から 生物学者 へのコメント
「強みは相対的な概念である」、全く同感です。歴史もそれを証明しています。ある時代、ある場所で「英雄」とされた人物の資質(例えば、戦乱の世における卓越した武力)が、平和な時代になれば「粗暴な危険人物」と評価される。環境、すなわち「時代」が強みの価値を定義するのです。組織も同じで、創業期に求められた強みと、成熟期に求められる強みが異なるのは歴史の必然と言えましょう。
歴史学者 の感想
しかし、ドラッカーが「平凡な人が非凡な成果を」とシステムを重視する一方で、歴史は時として、システムでは到底説明できない「天才」の強みが、時代そのものを飛躍させてきた事実も示しています。ナポレオンの軍事的才能、エジソンの発明の才。彼らの強みは、凡人の強みの延長線上にはありませんでした。我々は、天才の強みに依存する危うさを知りつつも、非凡な成果は、やはり非凡な強みを持つ天才によってもたらされるという歴史の現実も直視すべきではないでしょうか。
司会者 から 歴史学者 へのコメント
歴史学者ならではの、非常に本質的な問いかけですね。ありがとうございます。「天才の強みに依存する組織」と「凡人が非凡な成果をあげられるシステムを持つ組織」、どちらがより望ましいのか、あるいは持続可能なのか。これは組織論における永遠のテーマです。公平な立場で考察すれば、前者は短期的に爆発的な成果を生む可能性を秘め、後者は長期的に安定した成果を生む可能性が高い。どちらを選択するかは、その組織が置かれた状況や目指すものによって変わってくるのではないでしょうか
司会者 の感想
皆様の議論を拝聴しておりますと、「強み」という一見シンプルな言葉が、実は「個人」「職務」「組織」「環境」という複数の階層が複雑に絡み合った関係性の中で初めて意味を持つ、極めて立体的な概念であることが見えてきます。 ある個人の強みも、それを活かす職務設計がなければ発揮されず、その職務も、正しく評価する組織文化がなければ意味をなさず、その組織も、市場という外部環境に適合できなければ存続できない。この立体構造を理解することが、本章の核心なのかもしれません。
経営コンサルタント から 司会者 へのコメント
「立体構造」、的確な表現です。そして、経営者とは、まさにその立体構造を設計し、維持管理する「建築家(アーキテクト)」でなければなりません。個人の強みという「素材」を見極めるだけでなく、職務という「設計図」を描き、評価制度という「施工管理」を行い、組織文化という「内装」を仕上げる。これら全てが噛み合って初めて、「強み」は「成果」という名の美しい建築物へと姿を変えるのです。
経営コンサルタント の感想
そして、全ての設計の出発点は、建築家自身、すなわちリーダーが自らの強みと弱みを正確に把握することです。米田さんがMBTIという客観的なツールを用いて自己を理解し、具体的な行動変容に繋げた。これこそが全ての始まりです。リーダーはまず、自らの強みが組織にとってどのような機会(チャンス)となり、自らの弱みがどのような制約(リスク)となるかを冷徹に分析し、それを幹部に開示する責任すらある。リーダーの自己認識なくして、「強みを生かす組織」など絵に描いた餅に過ぎません。
生物学者 から 経営コンサルタント へのコメント
「リーダーの自己認識」、それは生物学で言うところの「表現型(Phenotype)」の正確な把握ですね。自らの遺伝的特性(資質)が、特定の環境(組織)において、どのように発現するのかを客観的に知ること。そして、リーダーという存在は、生態系全体のバランスを左右する「キーストーン種」のようなものです。そのキーストーン種が自らの特性を理解せずに行動すれば、生態系全体が崩壊しかねない。リーダーの自己認識は、まさに組織全体の存続に直結する、極めて重要な生存戦略なのです。
司会者 による総括
皆様、本日も知的好奇心を大いに刺激する、深遠な議論をありがとうございました。
米田様の、経営者としての強い決意と誠実な内省に満ちたご感想を起点として、「強みを生かす」というテーマが持つ、驚くべき多面性が明らかになりました。
本日の議論を総括しますと、「強み」とは、決して個人の中に静的に存在する能力ではなく、極めて動的なコンセプトであることが浮かび上がってきます。
生物学者の視点からは、強みとは、組織という「生態系」が提供する「ニッチ」との関係性の中で初めて意味を持つ「相対的な形質」であることが示されました。
歴史学者は、強みの価値が「時代」という大きな環境変化によって左右されることを示し、「天才の強み」と「凡人のシステム」という、歴史上の二律背反を我々に突きつけました。
そして、経営コンタサルタントは、強みを成果に変換するためには、理念だけでなく、人事制度や職務設計といった「冷徹な経営システム」が不可欠であることを、実践的に説きました。
これらの議論は、ドラッカーが問う「強みを生かせ」という至上命令が、単なる人材活用術ではないことを示しています。それは、
・多様な個性が共存共栄できる生態系を設計できるかという「組織の構想力」を問い、
・個人の強みと客観的な職務設計のバランスをどう取るかという「経営者の哲学」を問い、
・そして何より、リーダー自身が自らの強みと弱みを直視し、自己変革し続けられるかという「経営者の覚悟」を問うているのです。
米田様が、ご自身の資質を客観的に分析し、具体的な行動へと繋げられたことは、この最も重要な「覚悟」をすでにお持ちであることの証左です。「障害を持つ人が強みを発揮できる職場を世界に先駆けて作りたい。それは僕にしかできない!」という力強い宣言は、まさに「強み」と「貢献」が結びついた瞬間であり、我々一同、深く感銘を受けました。
「戦略5.0」の実現は、この「強みを生かす」という経営哲学を、どこまで徹底できるかにかかっています。本日の議論が、その壮大な挑戦の一助となることを確信しております。
以上をもちまして、本日の読書会を終了とさせていただきます。ありがとうございました。
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