結論:いまの就業規則は「時限爆弾」かもしれない
労働基準法が約40年ぶりの大改正を控えているいま、古いままの就業規則を放置している企業は深刻なリスクを抱えています。
法案の提出こそ一時的に見送られたものの、改正の方向性そのものは変わっていません。むしろ、施行が先延びになったこの時期こそ、自社の就業規則を根本から点検するための貴重な準備期間です。
本記事では、改正の核心をMECE(もれなくダブりなく)の観点で整理し、人事・労務の担当者がすぐに使える「見直しチェックリスト」を提供します。読み飛ばしても要点が伝わるよう構成していますので、ぜひ手もとに置いてご活用ください。
1. なぜいま就業規則の見直しが急務なのか
約40年ぶりの大改正がせまっている
1987年以来、大幅な手入れがなかった労働基準法の抜本的な見直し議論が、いよいよ具体化しています。厚生労働省の「労働基準関係法制研究会」は2025年1月に報告書をまとめ、2026年の通常国会への法案提出と2027年前後の施行を見込んでいました。
その後、規制緩和を優先する政権の方針と、労働者の健康確保を重視する厚労省案との調整が難航し、法案提出は見送られることになりました。ただし、改正の内容が白紙になったわけではないことに注意が必要です。
「見送り」を放置のいいわけにしてはいけない
「まだ国会に出ていないから」と対応を先送りにすることは、企業にとって最も危険な判断のひとつです。法改正が施行されたあとに慌てて就業規則を書き直しても、過去にさかのぼった未払い残業代の請求はふせげません。準備期間が延びたいまこそ、先手を打つことが唯一の正解です。
2. 改正の「5大ポイント」をMECE思考で整理する
就業規則に直接影響する改正の論点を、①勤務時間・連勤の管理、②休息の確保、③休日・賃金の算定、④柔軟な働き方への対応、⑤情報の開示という5つの領域に分けて解説します。
①連続勤務の制限(13日超の連勤禁止)
変形休日制の特例を「2週2休」に見直し、14日以上の連続勤務を法律で禁じる方向で検討されています。飲食業・宿泊業など、シフト制を採用している職場は、シフトのくみかたを根本から見直す必要が生じます。
②勤務間インターバル制度の義務化
終業から翌日の始業まで「原則11時間以上の休息」を確保することが、現行の努力義務から強行的な法的義務へと格上げされる見通しです。深夜残業が多い職場では、勤怠管理システムの改修が欠かせなくなります。
③法定休日の特定義務と有給賃金の算定見直し
法定休日(割増賃金35%が発生する休日)を就業規則であらかじめ特定することが義務化される見込みです。くわえて、有給休暇を取得した日の賃金計算が「平均賃金方式」から「通常賃金方式」へ原則化されることも議論されています。
④副業の割増賃金「分離方式」と「つながらない権利」
副業・兼業の割増賃金計算が「各社で独立して計算する分離方式」に見直され、企業の副業解禁が促進される方向です。一方、休日・深夜のチャットへの対応を強制しない「つながらない権利」については、労使間でのガイドライン整備が求められるようになります。
⑤週44時間特例の廃止と労働時間の情報開示義務
常時10人未満の小規模事業場に認められてきた「週44時間特例」が廃止され、全事業場で一律「週40時間」に統一される見通しです。時間外労働の状況や有給取得率を公表する義務も課される方向で議論が進んでいます。
3. 【保存版】就業規則の見直しチェックリスト
以下の項目にひとつでも「いいえ」があれば、早期の改定準備が必要です。
☑ 勤務時間・連勤の管理に関する確認
- [ ] 変形休日制(4週4日など)を採用している場合、13日を超える連続勤務が発生しないよう、シフト管理の見直しを始めているか?
- [ ] 「法定休日」と「所定休日(法定外休日)」を就業規則で明確に区別し、何曜日を法定休日とするか特定して明記しているか?
- [ ] 週44時間特例を利用している企業では、週40時間へ移行した場合の人件費の増加をシミュレーションしているか?
- [ ] テレワーク中の中抜け時間や「部分的なフレックスタイム制」に対応した規定を盛り込んでいるか?
☑ 休息の確保と「つながらない権利」に関する確認
- [ ] 終業から翌日の始業まで「11時間以上の勤務間インターバル」を確保する規定を就業規則に盛り込んでいるか?
- [ ] インターバルが不足した場合の「翌日始業時刻の繰り下げ」と賃金の取り扱いルールを定めているか?
- [ ] 勤務時間外や休日の業務連絡への対応を強制しない旨を、服務規律に明文化しているか?
☑ 有給休暇・賃金・副業に関する確認
- [ ] 有給休暇を取得した日の賃金を「通常賃金方式(その日に出勤した場合に支払われる賃金)」で算定する規定になっているか?
- [ ] シフト制の労働者について、有給取得日の労働時間のあつかいが就業規則に明確に定められているか?
- [ ] 副業・兼業を許可している場合、労働時間通算ルールの見直しを見据えた管理フローを準備しているか?
☑ 育児・介護・その他の法令対応に関する確認
- [ ] 2025年10月施行の育児・介護休業法改正に伴い、3歳から小学校就学前の子を育てる労働者への「柔軟な働き方措置(始業時刻の変更・テレワーク等から2つ以上を選択)」を就業規則に追記しているか?
- [ ] 所定外労働の制限(残業免除)の対象を「小学校就学前」まで拡大し、子の看護等休暇の取得事由に学級閉鎖や入園式・卒園式を追加しているか?
- [ ] 従業員50人未満の企業で、2026年以降に義務化されるストレスチェック制度への対応準備を進めているか?
- [ ] 裁判員休暇や「国・地方議会の議員に立候補するための休暇」を就業規則に追加しているか?
4. 放置した場合に生じる3つのリスク
リスク① 法令違反による是正勧告と罰則
労働基準法は強行法規であるため、違反が発覚した場合は労働基準監督署からの行政指導を受けます。悪質なケースでは「6か月以下の懲役または30万円以下の罰金」という刑事罰の対象にもなります。
リスク② 未払い残業代をめぐるトラブルの多発
就業規則の整備が不十分なまま運用を続けると、知らぬ間に賃金の未払いが発生します。未払い賃金の請求権は現在3年(将来的には5年)さかのぼれるため、退職者からの一斉請求で企業財務が深刻なダメージを受ける危険性があります。
リスク③ 優秀な人材の離職と採用競争力の低下
休息が取れない・休日でも業務連絡が来るといった環境では、意欲の高い人材から順に職場を離れていきます。労働時間の情報開示が義務化される流れのなかで、法令遵守の姿勢が見えない企業は採用活動においても不利な立場に置かれます。
5. 今すぐ着手すべき4つの実務ステップ
ステップ1 現状の把握とシミュレーション
まず、現在の勤怠データから連勤の実態・インターバルの実績・週44時間特例の利用有無を確認します。人件費への影響を数値で把握することが、的確な対応策を立てるための出発点となります。
ステップ2 勤怠管理システムの対応確認
インターバル警告機能や法定休日の自動判定など、利用中のシステムが法改正に対応しているかベンダーへ確認します。必要に応じてシステムの刷新も視野に入れてください。
ステップ3 経営戦略・人員配置の見直し
長時間労働でカバーする旧来のマネジメントは、今後通用しなくなります。多能工化・デジタル化の推進・業務プロセスの効率化を通じた生産性向上への転換が急務です。
ステップ4 社会保険労務士への相談
今回の改正は「40年ぶりの大改革」であり、内容は多岐にわたります。インターネット上のテンプレートを書き換えるだけでは、自社の実態に合った適法な就業規則は作れません。労務のプロフェッショナルである社労士への相談が、最も確実かつ効率的な方法です。
まとめ:法改正を「コスト」ではなく「投資」として活かす
2026年をターゲットに議論されてきた労働基準法改正は、法案提出の見送りによって準備期間が延びた状態にあります。「連続勤務の禁止」「勤務間インターバルの義務化」「つながらない権利」といったテーマは、一見すると管理コストの増大に映るかもしれません。
視点を変えれば、従業員が心身ともに健康で安心して能力を発揮できる職場環境を整えるための「投資」です。法令を遵守することで従業員エンゲージメントが高まり、離職率の低下と採用競争力の強化という経営上の恩恵が生まれます。
「何から手をつければよいか分からない」「自社の就業規則が法改正に対応できているか不安だ」とお感じの経営者・人事担当者の方は、早めに社会保険労務士へのご相談をご検討ください。
※本記事は2026年3月時点の労働基準関係法制研究会などの議論・提言を基に作成しています。今後の国会審議などにより具体的な数値や施行時期が変更される可能性がありますので、最新情報のご確認をおすすめします。