事業撤退とは何か:基本的な理解から始める
事業撤退とは、企業が特定の事業分野から完全に手を引くことです。経営判断として極めて重要な位置を占めており、適切なタイミングで実行すれば企業の持続的成長につながります。
現代のビジネス環境では、市場の変化スピードが加速しています。そのため、採算の取れない事業を継続することは、企業全体の健全性を脅かすリスクとなってしまいます。一方で、安易な撤退判断は成長機会を逸することにもなるでしょう。
事業撤退の必要性:なぜ企業は撤退を選択するのか
財務的な理由による撤退判断
赤字が続く事業は、企業の資金繰りを圧迫します。特に、貢献利益がマイナスになっている事業については、売れば売るほど損失が拡大するため、早急な対策が必要です。
税引後利益と減価償却費の合計額を12で割った数値が、毎月の返済可能額となります。借入金の返済が困難になれば、金融機関からの信用失墜は避けられません。
市場環境の変化への対応
技術革新やライフスタイルの変化により、需要が急減する市場があります。デジタル化の進展によって、従来のビジネスモデルが通用しなくなった例は数多くあるでしょう。
競合他社との差別化が困難になった場合も、撤退を検討すべきタイミングです。市場シェアが低下し続け、回復の見込みがない状況では、リソースの再配分が重要になります。
事業撤退の判断基準:6つのチェックポイント
即座に撤退すべき4つ以上の条件
以下の6つの条件のうち、4つ以上が当てはまる場合は即座に撤退を検討すべきです。
- 現時点で巨額の赤字を垂れ流している状況
- 今後も収益化の見込みが全くない状態
- 自社の他事業とのシナジー効果が期待できない
- ビジネスモデルやマネタイズモデルの変更が不可能
- 同事業の競合企業も利益を出せていない市場環境
- 事業に関わる従業員の士気が著しく低下している
KPIを活用した客観的な判断基準
重要業績評価指標(KPI)を設定することで、感情に左右されない判断が可能になります。例えば、「3年以内に目標の70%以上を達成できなければ撤退」という明確な基準を設けることが重要です。
サイバーエージェントでは、2四半期連続で減収減益になった場合に事業責任者の交代や撤退を実施しています。数値に基づいた明確な基準があることで、迅速な意思決定が可能になるのです。
会計上の損益と投資回収率による評価
5年以内に黒字化できない事業や、投資額が一定ラインを上回る事業は撤退候補となります。ただし、評価範囲やコスト計上の判断には専門的な知識が必要でしょう。
税理士や会計士との連携により、正確な財務分析を行うことが重要です。特に、減価償却費の計上方法や固定費の配分については、慎重な検討が求められます。
市場分析による撤退判断:SWOT分析の活用
市場成長性とシェア率の評価
理想的な事業は、市場成長性とシェア率の両方が高い状態です。しかし、どちらか一方が高い場合でも、継続の価値があるかもしれません。
市場成長性が低くても高いシェア率を誇る事業であれば、安定した収入源として機能します。逆に、市場シェアが低くても成長市場にいる場合は、将来的な拡大が期待できるでしょう。
最も危険なのは、市場シェア率が低く成長性も見込めない事業です。このような事業については、積極的な撤退検討が必要になります。
SWOT分析による総合的な判断
外部環境(機会と脅威)と内部環境(強みと弱み)を分析することで、事業の現状を客観視できます。特に、自社の弱みと外部要因の脅威が重なっている場合は、撤退を検討すべきタイミングといえるでしょう。
競合分析も重要な要素です。同業他社が撤退している市場では、自社も同様のリスクを抱えている可能性があります。
貢献利益による撤退判断:計算方法と活用法
貢献利益の計算式と重要性
貢献利益は、売上高から変動費と直接固定費を差し引いて算出します。商品やサービスを1つ売った時の利益貢献度を示す重要な指標です。
貢献利益 = 売上高 – 変動費 – 直接固定費
貢献利益がプラスであれば、たとえ事業全体が赤字でも継続価値があります。一方、貢献利益がマイナスの場合は、売れば売るほど損失が拡大するため、即座に撤退を検討すべきでしょう。
実際の計算例と判断基準
例えば、月商100万円の事業で変動費が60万円、直接固定費が20万円の場合、貢献利益は20万円となります。この20万円が本社の共通費用に充当されるため、事業継続の価値があるといえるでしょう。
しかし、変動費と直接固定費の合計が売上高を上回る場合は、事業を継続する意味がありません。資源の再配分を検討する必要があります。
事業撤退の具体的な方法:2つのアプローチ
事業譲渡による撤退
事業譲渡は、事業の権利や資産を他社に譲り渡す方法です。従業員の雇用継続や顧客への影響を最小限に抑えられるメリットがあります。
ただし、適切な譲渡先が見つからない場合は時間がかかります。加えて、同一事業を一定期間立ち上げられない制約もあるため、慎重な検討が必要でしょう。
譲渡プロセスでは、企業価値評価や買収監査が実施されます。財務状況の透明性や事業の将来性が重要な評価ポイントとなるのです。
会社清算による完全撤退
会社清算は、法人を解散して保有資産と負債を清算する方法です。事業譲渡が困難な場合の最終手段として位置づけられます。
清算手続きには相応の時間と費用がかかります。債権者保護手続きや清算事務報告の承認など、法的な手続きを順次進める必要があるでしょう。
資産売却により債務を返済し、残余財産があれば株主に分配されます。ただし、債務超過の場合は株主への分配は行われません。
事業撤退にかかるコストとリスク
撤退時に発生する主要コスト
店舗解体費用や賃貸借契約の解約違約金は、撤退時の大きな負担となります。特に、賃貸店舗の中途解約では、最長1年分の賃料相当額が請求される場合があるでしょう。
リース契約の解約違約金も重要な検討事項です。リース契約は原則として中途解約が認められていないため、残リース料の一括支払いが必要になることがあります。
原状回復費用についても事前の見積もりが重要です。内装工事を行った物件では、入居前の状態に戻すための費用が相当額になる可能性があります。
撤退に伴うリスクの管理
顧客や取引先からの信用低下は、企業ブランドに大きな影響を与えます。誠意ある対応により、ダメージを最小限に抑える努力が求められるでしょう。
従業員への配慮も重要な課題です。リストラではなく他部署への配置転換を検討することで、社内の信頼関係を維持できます。
株主への説明責任も欠かせません。撤退理由を明確に説明し、今後の経営戦略についても併せて報告する必要があります。
成功企業の事業撤退事例:学ぶべきポイント
大企業の撤退戦略
リクルートでは、「本当にニーズがあるか」「収益性が見込めるか」「サービスを使ってもらえるか」「広く提供できるのか」の4つの判断基準を順次確認しています。
メルカリは、サービス開始3ヶ月時点の広告費と成長数値を撤退基準に設定しています。事業をプロジェクト制にすることで、進捗状況の可視化を図っているのです。
DeNAでは、KPIが計画に対して順調かどうかを3ヶ月ごとに確認し、事業継続の判断を実施しています。短期間での評価サイクルにより、早期の軌道修正が可能になっています。
中小企業における実践例
建設系企業では、遮音壁の設計・販売事業を6~7年継続後に撤退した事例があります。採算性の低さと本業へのマンパワー集中が判断理由でした。
営業系企業においては、空気清浄機の代理店販売事業を6ヶ月で撤退しています。販売見通しの甘さと人材投資の失敗が主な要因となったのです。
飲食系企業では、アジア地域でのおにぎり事業を6ヶ月で撤退しました。現地スタッフへの丸投げとコロナ禍の影響により、想定売上の50%以下に留まったことが撤退の決め手となったのです。
専門家との連携:味方づくりの重要性
税理士・会計士との協力体制
事業撤退の判断には、正確な財務分析が不可欠です。税理士や会計士との連携により、客観的なデータに基づいた意思決定が可能になります。
特に、貢献利益の計算や固定費の配分については、専門的な知識が求められるでしょう。元銀行員が在籍する会計事務所であれば、金融機関の視点も踏まえたアドバイスが期待できます。
経営コンサルタントの活用
経営コンサルタントは、撤退判断から実行まで包括的な支援を提供します。特に、事業撤退後の新規事業展開については、専門的な知見が重要になるでしょう。
Pro-D-useのような伴走型支援会社では、撤退判断から新規事業の立ち上げまで一貫したサポートを行っています。企業の状況に応じたカスタマイズされた支援が受けられるのです。
まとめ:事業撤退を成功に導く5つのポイント
事業撤退は、企業の持続的成長のための重要な経営判断です。感情的な判断ではなく、客観的なデータと明確な基準に基づいて実行することが成功の鍵となります。
第一に、事前の判断基準設定が重要です。KPIや財務指標を活用した明確な撤退基準を設けることで、適切なタイミングでの意思決定が可能になるでしょう。
第二に、市場分析による総合判断が必要です。SWOT分析や競合分析を通じて、事業環境を客観的に評価することが求められます。
第三に、撤退方法の選択が重要になります。事業譲渡と会社清算のどちらが適切かを、コストとリスクの両面から検討する必要があるでしょう。
第四に、ステークホルダーへの配慮が欠かせません。顧客、従業員、株主それぞれに対する誠意ある対応により、企業の信用失墜を防ぐことができます。
第五に、専門家との連携が成功のカギとなります。税理士、会計士、経営コンサルタントなどの専門知識を活用することで、より確実な撤退戦略を構築できるのです。
事業撤退は終わりではなく、新たな成長への出発点として位置づけることが重要です。適切な判断と実行により、企業の競争力強化につなげていきましょう。
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