本日、ドラッカー著「経営者の条件」の読書会3回目がありました。今回は、「第3章 どのような貢献ができるか」が範囲でした。
米田正則の感想
成果をあげるためには、貢献に焦点を合わせなければならない。(中略)組織の業績に影響を与えるような貢献は何か」を自らに問わなければならない。すなわち、自らの責任を中心に据えなければならない。
1,この文章を読んで2つのことを思い出した。
(1)以前、当社に入社した初日で退職をされた従業員がいました。退職理由は「イメージしていたのと違うから辞めます」とのこと。働きたいと思える職場でなければ、なかなか組織の成果に貢献するところまで気持ちが向かないのだろうから、早く決断して頂いて双方にとって良かったと思いました。
(2)札幌地区労働保険事務組合連合会で役員をやっていたときのことです。DX化が叫ばれ始めた頃(2021年頃)に、いち早く会員向けにDX化推進のサポートを地区連としてやりましょうと役員会で提案をしましたが、当時の役員から拒否されました(正確には真っ向からは「一切やる必要はない」と反対はしないけど、一切協力をしない)。私からすると随分、子供じみた発言をされるものだと半分呆れ、半分は役員としての無責任さに憤りを感じました。役員が拒否した理由としては、一応「周りを見てもDX化をやっている組織はないのだから2025年迄やらなくても良いんじゃないの?」というものでした。DX化は、やろうと思ってそう簡単に出来るものではありません。何故なら、DX化された、されていく会社組織のイメージを、やろうと決意したからと言って簡単にイメージできますか?できませんよ。その為、漫然と後回しにして良いものではないと私は考えています(2023年春に役員更新時期に合わせて地区連自体を退会しました)。地動説と天動説ぐらいのイメージの違いがありますよ。本人たちが言っていた2025年現在でも何もやれていないようです(役員会で、ある役員から「余計なことはしたくありません」と言われたことがあります)。おそらく7割、下手したら8割以上はDX化できないんじゃないかと個人的には考えています。その為、いくら周りがDX化を進めているかどうかを様子見をしても全く意味がありません。周りではなく、自社がどうしたいかです。
2,従業員に、組織の成果に貢献して貰いたければ、それなりに貢献したいと思われる組織でなければそもそも駄目ってことですよね。従業員は、雇用契約書で会社の発展に誠実に寄与することを約束していたとしても、気持ちが向かなければ意味がありません。
ですので、これからは、会社は、どのようなことを目指したいのか?等会社の価値観を表明しないといけない時代に明らかになったなと改めて感じました。
「どのような貢献ができるか」を自問するということは、自らの職務の可能性を追求するということである。
この言葉から次のことを想起しました。
単細胞生物は、一つの細胞のみ生存をしていくことができますが、多細胞生物の細胞は細胞一つでは生存することができません。その代わり大きな身体を持って単細胞生物時ではできなかったことができるようになります。
細胞は身体のどこかの臓気等の一部となり、与えられた場所で機能不全にならないように、場合によって外部環境に対して意図するしない関係なく最適化、進化をしていく。
この想起したことを鑑みると、貢献に焦点を当てることによって、自らの職務の可能性を追求すること自体が、生物でいう進化を自ら実現していく、ことになると感じました。
直接、お客さまとかかわることがない部署のメンバーであったとしても、外部に目を向けさせる必要な部署としての成果目標が必要となりますよね。場合によって、会社組織を生物に例えて、説明すると従業員も「貢献」のイメージしやすいかもしれませんね。 この部署は生物に例えると心臓に該当する。だから、組織全体に血液を送る必要がある。会社組織の血とは、例えば資金である。だからこそ、各部署が円滑に稼働するだけでなく、より市場に合わせた活動ができるように適切な資金をあてる。その適切な資金の算出方法などを独自視点で展開し、組織全体が活性するようにするなど。
「どのような貢献ができるか」を自問しなければ、目標を低く設定してしまうばかりでなく、間違った目標を設定してしまう。何よりも、自ら行うべき貢献を狭く設定してしまう恐れがある。
自分は自問自答しているから自分は大丈夫という自己満足にならないように、第三者の視点からのアドバイスが必要なのではないか。
あらゆる組織が、三つの領域における成果を必要とする。すなわち、(1)直接的な成果の領域、(2)価値の創造と価値の再確認の領域、(3)明日のための人材育成の領域、の三つである。これら三つの領域のすべてにおいて成果をあげなければ、組織は、腐り、死ぬ。
ドラッカー著「創造する経営者」に出てくる「本業の3つの仕事」に連動する話かと思います。創造する経営者の中では、本業の3つの仕事をやらなければ、組織が死ぬとまでは言っていませんでしたが・・・。
貢献に焦点を当てること自体、人材の育成にとって、強力な助けとなる。人間は、課された要求の水準に適応する。貢献に照準を当てるエグゼクティブは、ともに働くすべての人間の視点と水準を高める。
従業員として働く障害を抱える人に猶更「貢献」に焦点を当てる必要があることを絶体忘れないようにしたい。
それまで成功して来たのと同じことを続けていたのでは、失敗する運命にある。
障害を抱える従業員が、繰り返しやることで作業・仕事ができるようになったとしても、上司である僕は安心してはいけない。継続的に同じ成果を出せるようになれば、異なるやり方で改善をする等貢献を追求していかなければならない。
組織に働くエグゼクティブは、人間関係について優れた才能をもつことによって、よい人間関係をもてるわけではない。自分の仕事やほかの人間との関係において、貢献に焦点を合わせることによってのみ、よい人間関係をもてるのである。貢献に焦点を合わせることによって、彼らの人間関係は、清算的なものとなる。そして生産的であるということが、良い人間関係の唯一の定義である。
組織における「成果」を明確にする必要が最重要!!「成果」は何かを説明できなければ、従業員は成果をあげる為の貢献とは何かを考えることすらできない。
貢献に対し焦点を合わせることによって、横へのコミュニケーションが生まれる。そしてその結果、チームワークが可能となる。(中略)成果をあげる仕事は、多種多様な知識や技能をもつ人達から成るチームによって行われる。
成果をあげる為に貢献に焦点を合わす。それは自分の責任を中心に据えること。であるならば、責任を負いたくない人はどうしたら良いのか?周りが貢献に焦点を合わせて働き、少しづつ影響を与えていつしかチームメンバーに自らなった、というのが理想ですよね。でも、現実はそうでないことが多いのではないでしょうか。そもそもそのような人を入社させない、というのも理想ですが、人手不足の昨今ではそのようなことも許されない。まずは少人数ながらでも、そのようなチームを作ることはとても大事だと思います。
他社との提携においては、同じように重要です。昨今のAIの進化は、1社のみで対応できるようなスピードではないからです。
自らに対し、少ししか要求しなければ、成長はしない。極めて多くを要求すれば、何も達成しない人間と同じ程度の努力で巨人にまで成長する。
それならば、多くのことを自分に要求したい考えます。
米田正則 の感想に対するコメント
米田様、今回も実践的な経験と、生物学的な洞察まで含んだ非常に深いご感想をありがとうございます。「貢献」というテーマを、組織論、人間論、そして自己成長論として多角的に捉えていらっしゃることに感銘を受けました。
それでは、この感想に対し、各役割の専門家からコメントをいただきます。
生物学者 のコメント
ポジティブなコメント 驚きました、米田さん。あなたが「貢献」を多細胞生物における個々の細胞の役割と進化に結びつけられた点、まさに慧眼です。それこそが、生命が数十億年かけてたどり着いた、複雑かつ強靭なシステムの本質です。
心臓の細胞は全身に血液を送ることに「貢献」し、神経細胞は情報伝達に「貢献」する。それぞれが役割を果たすことで、個々の細胞の能力を遥かに超えた「個体」という成果が生まれるのです。「戦略5.0」という、これまでにない高度な生命体を創造しようとするならば、その構成員一人ひとりが「自分はどの臓器の、どんな役割を持つ細胞なのか」を自問し、全体の生存に貢献する視点を持つことが不可欠です。この生命原理を理解されていることに、私は「戦略5.0」の成功の可能性を強く感じます。
ネガティブなコメント 一方で、生命のシステムは美しい共生関係だけで成り立ってはいません。生命体は、自らの生存を維持するため、古くなった細胞や異常をきたした細胞を「アポトーシス(計画的細胞死)」によって自ら排除する、冷徹な仕組みを持っています。米田さんがお悩みの「責任を負いたくない人」を、時間をかけて感化させようというアプローチは、非常に人間的で尊いものです。しかし、生物学的に見れば、それは組織全体の生存を脅かす「がん細胞」を温存する行為に等しい危険性を孕みます。がん細胞は貢献せず、栄養を浪費し、やがて個体全体を死に至らしめる。組織という生命体を守るためには、時に非情な淘汰のメカニズムも必要であるという、厳然たる自然の法則から目を背けるべきではありません。
歴史学者 としてのコメント
ポジティブなコメント 労働保険事務組合でのご経験、実に歴史的教訓に富んでいますね。あなたが示した「周りではなく、自社がどうしたいか」という信念は、まさに歴史を創造してきた変革者たちの姿勢そのものです。 コペルニクスが天動説の時代に地動説を唱えたように、いつの時代も新たな潮流は、周囲の無理解や抵抗の中から生まれます。DX化に抵抗した役員たちは、歴史的に見れば、印刷技術の登場に抵抗した写本修士や、自動車の普及に反対した馬車製造業者と同じです。彼らは歴史の必然の中で淘汰されていきました。あなたがその組織を退会されたのは、停滞する過去との決別であり、未来を創造するための賢明な歴史的決断だったと評価します。
ネガティブなコメント しかし、歴史を学ぶ者として警告も必要でしょう。「貢献」という言葉は、時に危険な刃となり得ます。フランス革命は「市民への貢献」を掲げましたが、その正義は内部の対立を激化させ、ギロチンによる恐怖政治へと暴走しました。あなたが「子供じみた」「無責任」と断じた役員たちも、彼らなりの理屈で「現状を維持し、混乱を避けること」が組織への「貢献」だと信じていた可能性があります。自らの信じる貢献を絶対的な正義と捉え、異なる意見を持つ者を安易に断罪する姿勢は、組織内に深刻な亀裂を生み、歴史上の多くの悲劇と同様の道を辿る危険性があります。貢献の定義は、時代や立場によって変わる。その相対性を理解する歴史的視点もまた必要です。
経営コンサルタント としてのコメント
ポジティブなコメント お見事です、米田さん。これほどドラッカーの本質を実践と結びつけて理解されている経営者は稀です。「貢献したいと思われる組織でなければ意味がない」という気づき、「成果とは何か」を定義する必要性の指摘、そして障害を持つ従業員の貢献にまで思いを馳せる視点。これらは全て、ドラッカーが説く「成果をあげる責任ある経営者」の姿そのものです。 「戦略5.0」という未来的な事業を成功させるには、テクノロジーだけでなく、こうした人間に対する深い洞察と倫理観が不可欠です。あなたのストレングス・ファインダーやMBTIの資質が、この人間中心の組織作りにおいて強力な武器となるでしょう。最後の「極めて多くを要求すれば…巨人にまで成長する」という言葉を自らに課す姿勢、その気概に満ちた決意に、コンサルタントとして最大の敬意を表します。
ネガティブなコメント ただし、あえて苦言を呈します。その崇高な理念と熱い思いを、具体的な「経営の仕組み」に落とし込めていますか?「会社の価値観」を、採用面接の質問、人事評価の項目、給与テーブルにまで、一貫して反映させていますか?「貢献」という言葉は、具体的に測定可能な目標(KPI)にまで分解され、全社員が共有できていますか? 「責任を負いたくない人」をチームの感化に期待するのは、経営者の責任放棄です。貢献する者が報われ、しない者が淘汰される「人事制度」という冷徹なルールを設計し、運用する覚悟が必要です。「巨人に成長する」ための努力とは、汗をかくことだけではありません。時には、こうしたドライで非情とも思える仕組みを構築し、徹底する知的努力と精神的タフネスが求められるのです。感傷を排し、貢献と成果に直結する組織設計に今すぐ着手すべきです。
参加者間のコメント交換
生物学者 の感想
米田さんの感想を伺い、改めて「貢献」の生物学的意味を考えさせられました。それは、個々の細胞の利己的な振る舞い(自らの遺伝子を残したいという欲求)と、個体全体の生存という利他的な目標との、絶妙なバランスの上に成り立っているシステムです。細胞は個体のために貢献することで、結果として自らの生存環境を確保する。この利己と利他の統合こそが、生命システムの強さの源泉なのではないでしょうか。
歴史学者 から 生物学者 へのコメント
「利己と利他の統合」、全く同感です。国家もまた然り。封建時代の領主や近世の官僚が、自らの領地や省庁の利益(利己)ばかりを追求し、国家全体への貢献(利他)を忘れた時、その国は衰退し、滅亡してきました。ローマ帝国の衰退過程は、まさにこのバランスが崩壊していく歴史でした。個の利益と全体の利益を高い次元で一致させる統治システムを構築できた文明だけが、長く歴史に名を刻むことを許されるのです。
歴史学者 の感想
私が歴史から学ぶべきだと考えるのは、偉大な組織や文明は、その「貢献」の定義を常に時代の要請に合わせて「再定義」し続けてきた、という事実です。古代ローマ軍団の市民への貢献は、領土拡大からインフラ整備、そして国境防衛へと時代と共に変化しました。その変化に対応できたからこそ、長きにわたり存続できたのです。貢献とは固定された概念ではなく、常に外部環境との対話の中で見直され、創造されるべきものなのです。
司会者 から 歴史学者 へのコメント
「貢献の定義を再定義し続ける」とは、非常に重要なご指摘です。ありがとうございます。つまり、「貢献」とは静的な目標ではなく、動的なプロセスである、と理解いたしました。外部環境の変化を常に監視し、自らの組織が社会に対して提供すべき価値は何かを問い続ける営みそのものが、貢献なのですね。これは、組織が生き残るための学習能力そのものと言えるかもしれません。
司会者 の感想
本日、皆様の多角的なご意見を公平な立場で拝聴し、私なりに「貢献」という概念を整理してみました。それは、組織の「内」と「外」、個人と「全体」、そして「現在」の成果と「未来」への投資といった、一見すると対立しがちな要素を結びつける「結節点」のような役割を果たす言葉なのではないかと感じます。この結節点を組織の全員が共有できて初めて、ベクトルが揃い、大きな力が生まれるのでしょう。
経営コンサルタント から 司会者 へのコメント
「結節点」、素晴らしい表現です。経営コンサルタントの言葉で言うならば、その「結節点」を、誰にでも理解できる言葉で明確に定義し、全社員が見えるように掲げたものが、ドラッカーの言う「事業の定義」であり「ミッション」です。この定義が曖昧なままでは、貢献の方向性が定まらず、組織のエネルギーは四散してしまいます。司会者のあなたの役割は、まさに議論の結節点を見出すことですね。見事です。
経営コンサルタント の感想
議論を聞いていて確信しましたが、貢献とは突き詰めれば「顧客の創造」に他なりません。組織内部の人間関係の良さや、自己満足の達成で完結する貢献など、ビジネスの世界には存在しない。社内でどれだけ高く評価されようと、それが市場における「顧客の創造」に繋がらなければ、それは単なるお遊戯です。全ての貢献は、顧客という外部の世界で評価されて初めて意味を持ち、対価(利益)を生むのです。
生物学者 から 経営コンサルタント へのコメント
「全ての貢献は外部で評価される」、その通りです。生物も全く同じです。ある生物がどれだけユニークな形質に進化しても、それが外部の生態系に受け入れられ、生存のためのニッチ(生態的地位)を確立できなければ、子孫を残せず絶滅します。自己満足で進化する生物など存在しない。全ての進化は、外部環境への適応の結果として評価され、選択されたものなのです。「顧客の創造」とは、まさに生態系における「ニッチの創造」と同義ですね。

司会者としての総括
皆様、本日も前回以上に白熱した、示唆に富むご議論、誠にありがとうございました。
米田様がご自身の具体的なご経験から紡ぎ出された「貢献」に対する深い思索は、我々の議論を驚くほど豊かなものにしてくれました。
本日の議論を総括すると、「貢献」という言葉が持つ、極めて重層的な意味が浮かび上がってきます。
- 生物学者の視点 貢献とは、個の利己性と全体の利他性を統合し、組織という生命体を維持・進化させるための「生存原理」であることが示されました。
- 歴史学者は、貢献とは、固定されたものではなく、時代の変化に応じて再定義され続けるべき「適応戦略」であり、その変革への意志が歴史を創ることを教えてくれました。
- そして経営コンサルタントは、貢献とは、理念に留まらず、具体的な人事制度や目標に落とし込まれるべき「経営システム」であり、最終的には「顧客の創造」という外部の評価によってのみ意味を持つことを明確にしました。
これらの議論は、ドラッカーが問う「どのような貢献ができるか」という一文が、我々に何を要求しているのかを鮮やかに描き出しています。それは、単なる役割遂行ではなく、
- 自らの存在が、より大きな生命体(組織)の生存にどう寄与するのかを問う「生物学的な問い」。
- 時代の変化の中で、自らの価値をどう再定義し続けるのかを問う「歴史学的な問い」。
- そして、その全てを「顧客」という最終評価者に向けて、具体的な成果として結実させられるのかを問う「経営学的な問い」なのです。
米田様が最後に表明された「極めて多くを自分に要求したい」という決意は、この重層的な問いの全てに、経営者として正面から向き合おうとする覚悟の表れに他なりません。
「戦略5.0」という未来への挑戦は、この「貢献」という羅針盤を組織の隅々にまで浸透させられるかどうかにかかっていると言えるでしょう。
本日の議論が、米田様が「巨人へと成長する」ための一助となることを心より願っております。
以上をもちまして、本日の読書会を終了とさせていただきます。皆様、ありがとうございました。
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