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感動分岐点を超えたとき、人も経営も変わる

女性初の樹木医でありながら、はままつフラワーパーク、あしかがフラワーパークの再建に尽力を尽くし注目すべき成果をあげている塚本こなみ氏。万事入精の言葉通り、目にはみえない樹木や物の命を大切にする日々の仕事の積み重ねが、いま大きな花を咲かせている。


 長年入園者減に悩まされていた、はままつフラワーパーク。浜名湖花博の会場になり、3月から6月の期間中20万人の集客を目標にしていた。ところがその予想を遥かに上回り、最終的には60万人が来場し、同園40年の歴史で過去最高となった。園を存続できるかの瀬戸際での予想以上の結果が出てホッとしたと語るのは、平成25年にはままつフラワーパークの理事長に就任した塚本こなみ氏。
 はままつフラワーパークの再建のために塚本氏は「お客様が何を求め、自分たちが何を提供できるかを考え続けそれを実行してきた」という。そのために、塚本氏は感動分岐点がキーワードだと語った。感動分岐点とは、このくらいなら感動しないけれども、それを超える何かを提供すると感動が心の中に染み入る、という分岐点があるという考え方である。それ見たことのない景色や想像をはるかに超えた場面を提供することだという塚本氏は、はままつフラワーパークでそれを達成した。東京ドーム7倍の広さに相当する敷地内にある日本庭園に植えられている桜並木に50万株のチューリップを配し桜とチューリップで世界一美しい庭園をつくろうと試みた。桜もチューリップも国内に名所はあるが、それを日本庭園の美しい風景のなかで競演させるという演出は、はままつフラワーパークでしかできないと考えたのだ。桜とチューリップが満開を迎えた頃、どっと来場者が増え、シーズンを過ぎたあとも減ることはなかったという。ひとつのアイデアが感動分岐点を超えたのだ。
 女性初の樹木医になった塚本氏が大切にしているのは、「樹木は物ではなく命である」。その思いを抱いたのは、公共施設の庭に植える仕事を受けた際、静岡の名産であるお茶の木を植えてほしいとの依頼に、樹木によって害虫が発生して人が多く集まる場所には適さないと何度も職員を説得したことがきっかけだった。造園の仕事は、つくって終わりではなく、出来上がった庭をいかに愛されるものに育てていくかが大事なのだとそのころから考え始め、造園家だった夫に頼み、命を守り育てるという女性の感性を活かした造園会社を設立した。
 その後、あしかがフラワーパークの再建にも携わり、はままつフラワーパークでは「世界一美しい桜とチューリップの庭園をつくる」という目標のもと、デザインの計画段階から細かい戦略まで社員に伝えその実施状況を細かくチェックしている。目標が明確であるため、社員の表情は明らかに輝き出しているという。仕事は結果を出すという信念のもと、他の樹木医が匙を投げた困難な仕事でも必ず結果を出している塚本氏の根底にある「お客様の笑顔がみたい」という思い、万事入精のその姿勢が、結果として今日の発展につながったのだ。

致知9月号「感動分岐点を超えたとき、人も経営も変わる」より

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