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我、経営に完全燃焼せん

建築仕上塗剤の分野で国内シェアナンバーワンを誇り、アジア市場でも存在感を示すエスケー化研。戦後の創造期から約60年に渡りその陣頭指揮をとり続けるのが藤井實氏、81歳である。あらゆる局面において誠心誠意、経営に身を捧げた氏の万事入精の歩みとは。

 建築仕上塗材分野において国内ナンバーワンンのマーケットシェアを獲得しエスケー化研。創業60周年に相応しい会社柄にと、30年以上に渡って事業展開してきたアジア市場においてもオンリーワン・ナンバーワンを目指すと語るのが、社長の藤井實氏。新しい技術を用い建築需要を減らさないように進めることが得意だと自負するエスケー化研は、戦後間もない昭和30年に氏が22歳の若さで立ち上げた四国科学研究所から始まった。
きっかけは、終戦直後の昭和20年に母が病で亡くなったことだった。家計をさせるために中学を中退してから8年間、山林業や鋳物工場で働き詰めだった。だが、学業を諦めざるを得なかった代わりに、実社会で色々学ぶことができたと氏は語る。当時出入りしていた塗装工場で捨てられていた廃液に気づいた藤井氏は、「もったいない、うまく蒸留精製すれば廃溶剤から溶剤を回収することができるかもしれない」と考えた。お金がない中、常になにかいい仕事はないか考えていたおかげで、そこに気づくことができたのだという。独学で蒸留について調べ、目処がついた昭和30年に四国科学研究所を立ち上げ、事業化に向けて本格的に動き始めた。この「無から有を生じる」という創業からの精神は、今も生き続けているのだ。
 創業から60年。会社経営において、窮地に立たされた場面も多くあったという。
取引先大手の倒産による煽りで当時の4000万円もの損害を出したときは、シンガポールの子会社へ飛び込みで向かったがそこも潰れると回収の望みも絶たれた。手ぶらで帰るわけにも行かず、得意先を紹介してもらったところ英国の販売代理店を紹介されあっさり交渉が決まったという。苦しい状況の中、ピンチをチャンスへ変えることができたのだ。また、平成5年に新しく開発した外壁の下地補修材に問題があり、クレームが次々と起こったときは、研究所でのデータ確認不足や営業部の対応遅れが発覚し、全額補償で業者に頭を下げてやり直しをするのはもちろん、社内内部の強化を図りクレーム問題に萎縮することない組織を作り上げるきっかけになった。自社に損害を出しても、顧客を裏切ったり誤魔化したりすることなく、誠心誠意をもって取り組む姿が、信頼性を増し、結果的にエスケー化研はその翌年にジャスダックに株式上場することができたのだ。
 「人間誰しも無の状態から生まれてくるのだから、何事もゼロに立ち返って新しいものをつくりあげていくことが大事じゃないかと思います」
80歳を超えても、分刻みの仕事をこなし月の半分は海外出張でアジアと飛び回る藤井氏は、日々自分の命を燃焼させるような姿勢で仕事に向き合っている。立ち止まることなく前進し続け、目の前の仕事の全てに誠心誠意をこめてぶつかっていく万事入精のその姿勢は、経営への情熱を燃やし続けることに年齢の衰えなど関係ないのだと言わんばかりの力強いものだった。

致知9月号「我、経営に完全燃焼せん」より

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