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技術・戦術・戦略の縦分けをするの段

今日も「坂の上の雲」を読んでいます。

まだ2巻の「渡米の章」を読み終えたところです。

さてはて、今日読んでいて自分の中で明確になったところがあったので、そのことを記したいと思います。

他の人に言わせるとそんなこと当たり前だよ、と思われると思いますが・・・笑

自分が事務所の中で考えていたことは、大きな視点言えば「戦術」であり、小さな視点で言えば「戦略」だということが分かったって話です。

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「渡米の章」で秋山真之を含め5名が、軍からアメリカ、ロシア、イギリスなどへ派遣が命じられる。

目的は「こまかい規定をしないで、必要だと思ったことは現地で判断し、何でもとりこんで来い。」というものでした。


そんなのでいいのだろうか?


と思いきや、当時の人の心意気としては
「自分の1日の怠慢が国家の進運を1日遅らせるというそういう緊張感のなかで日常業務をすすめていたし、げんにそれらの連中個々の能力や勤怠がじかにその部分々々の運命にかかわっていた。」(司馬遼太郎著 「坂の上の雲」 渡米の章 )


当時はロシアからの圧力が日に日に強まる状況だった訳ですから、無理からぬことかもしれませんが、或る意味、いい意味での日本人らしさが国家を挙げて顕れていた時代かもしれません。


そんな、5人が派遣をされる前に食事をしたくだりの中で真之が言った台詞があります。
『ご一同はかの地でなにをされるか知らないが、術技を習うだけではだめだと思います。

術技は維新後、多くのひとびとが行って身につけて帰ってきた。

海軍も初めのころはそれが必要だったし、それで十分だったが、すでに日本海軍の草創期はすぎた。

世界のどの海軍も経験しなかった近代海戦も経験した。

あの海戦をふりかえっておもうに軍艦運用など要するに術技の点ではなるほどみごとだった。各艦長以下、じつによくやられた。

(中略)

日本海軍ぜんたいが、一騎武者としては優秀であっても、一軍を進退させる用兵法にいたってはきわめて劣るとおもうのです。』( 前記と同じ )

1、技術・戦術・戦略のこと。
(1)、「技術」ではなく「術技」と書いてましたが、要は「①わざ、②科学を実際に応用する方法・手段」のことです。

(2)、「戦術」は「戦闘の具体的な術策。戦略に対して、より実際的、部分的なもの。目的達成のための方法・手段」のこと。

(3)、「戦略」は「戦いに勝つための大局的方策」のこと。

米田事務所で言えば、「技術」は法律の知識や手続きに関すること。

「戦術」は各部署ごとの仕組み・ルール、各部署への人材配置、売上目標達成の為の手段などに関すること。

「戦略」はファイナンシャルインテリジェンスを含めた方策のこと。

ってことでしょうか?

当然のことだと思いますが、1~3を縦分けることで、自分がすべきことがより明確になったと思うのです。


頭の中の整理整頓は必要ですね^^


よく本屋で、就業規則を作ると儲かるとか、儲かる人事制度とか、そんなタイトルの本が売っていますが、しっかりとこれらの縦分けができているとそんなことある訳無いと判断が出きるのでは?と思いますがいかがでしょうか?

以前は私自身も踊らされました(笑)

それらはあくまでも戦術レベルですから、しっかりとした戦略があっても始めて戦術も生きるってもんです。

戦術がしっかりしていても、戦略が無ければ利益はでないのでは?
一時的に戦略が無くても利益が出ることがあるかもしれませんが、長続きするはずがありません。

「戦略」と「戦術」、そして「技術」がしっかり噛み合わさって組織としての充実した利益を出せるものだと思います。

それ故、真之はアメリカへ行ったら、戦術と戦略を学ぶと皆の前で宣言したのだと思います。

2、草創期から成長期へはいつ入るのか?
このことも真之は語っています。

つまり
「術技は維新後、多くのひとびとが行って身につけて帰ってきた。
海軍も初めのころはそれが必要だったし、それで十分だったが、すでに日本海軍の草創期はすぎた。」と。

これは人それぞれ感じればいいことだと思いますが、あくまでも一つの尺度として参考として貰えたらと思います。

つまり、技術のみで成長できる時期が「創業期」。

そして、創業期の技術の上に、組織的な要素が必要になった時期が「成長期」。
これは或る一定以上の組織規模になった証拠です。

私の実感としては、開業の頃、1人で仕事をするようになっって、その内補助者が2人ぐらいのときは創業期の感覚でしたね。
そのときは各自の判断で業務もこなせたことを考えると間違えなく「技術」だけで成長できた時期でした。

でも補助者が3人以上になると、間違えなく組織的な発想が必要となりましたね。
もう各自の判断で業務を処理することは許されなくなり、組織として業務を処理するルールを統一する必要になった時期でもありました。

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去年の大晦日に父が亡くなりました。

これから親孝行ができると思っていたのですが残念でなりません。

ありがたくも多くの方々から弔電、供花や供物をいただき、またご参列していただけました。

本当にありがとうございました。

今年一年、父の為にも勇躍前進していきたいと決意しております。

今年もどうぞ宜しくお願い致します。

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