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歴史に学ぶ 司馬遼太郎の『坂の上の雲』編その4

ふと「常識」って何だろう?て思って辞書を引いてみた。

「常識」とは、社会の構成員が有していて当たり前のものとしている価値観、知識、判断力のこと。


この「社会の構成員」の意味は、「構成員の大部分」の人って意味だよね、きっと・・・

そのとき、その場面で1つのことであったとしても常識が非常識にもなるんだろうね。

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『ときに零下四十度までさがるこの寒気のなかでは、銃をもつことさえ困難だった。

もし素手で砲身を触ったりすれば、電気に吸われたように指がぴたっと音を立てるように鋼面に食っついてしまう。

夜間、歩哨などに立つ場合、たえず歩きまわっていなければ、靴の裏をとおして寒気がさしあがってきて、しめった靴下を凍らせ、足が凍傷になるおそれがある。

騎兵も、馬にのりづめでは足があぶなかった。

ときどき歩行して血液の循環をよくして行動しなければならない。

(中略)

この夜、気温は零下二十七度である。

しかも風強く、降雪はげしく、体感温度は零下三十五度を超えたであろう。

大地は凍りきってしまっている場合はまだいいが、降雪中の行軍は、降り積もったばかりの雪が靴底に凍りつき、その靴底の氷が歩くたびに厚くなり、数歩歩いては靴底を蹴りたたいて氷をおとすという所作をくりかえさねばならず、その上、携帯しているニギリ飯と水筒の水がみな凍って、食うことも飲むこともできない。

(中略)
「冬季にはロシア軍は動くまい」

という松川の固定観念は、こういう常識かれみても簡単にやぶられそうなはずであったが、日本民族が最初に集団体験したこのおそるべき冬のなかでは、

・・・敵もおなじだろう。

と、つい児玉や松川たちの思考力もちぢまってしまったのかもしれない。

(中略)

さらに囚われた頭脳は、

・・・どうやらロシア軍は動き出したらしい。

とわかった段階でも、なお、

「威力偵察だろう」

と、児玉の懐ろ刀といわれた松川敏胤大佐でさえ、なお、この新現実に素直に目を開こうとはしなかった。

しだいに敵の圧力が大きくなってきて、これは威力偵察のようなものではない、ときづいたときからの煙台の総司令部の狼狽は、開戦以来、類のないものであった。』 (司馬遼太郎著 「坂の上の雲」 黒溝台の章)

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松川敏胤

自分にとっての常識で考えると、それは有り得なくても、有り得ることがある。

だからどんな情報であったとしても、こちら側がどのような姿勢で話を聞くのか問われるのでは?

自分が上司だからとかいうことで、部下の意見に耳を傾けないのは滅びへの一歩なのでは?

その中には必ず真実の意見があると思って耳を傾けるべきだと思います。


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「努力を重ねてきたのだから、もうこれでいいではないか」との思いが、進歩、向上を止めてしまう。

その心を破り、断じて最高のものを作ろうとする真剣勝負の一念から、新しい知恵が、力が、創造が、生まれるのだ。

とは恩師の教えです。


思い込みや妥協を振り払って、日々前進していきたいとものです^^


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